夢千夜

朔也の生存記録的なブログです(苦笑)。毎日更新は難しいかも知れませんが、普段思うことをのらりくらりと綴れたらと思ってます。
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BUCK-TICK仙台ライブついでに

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月夜果実店

今でも時折舞台の板に立っていて、セリフが丸々入ってない夢を見る。
中学校当時から、歌やお芝居を人前で見せる事に興味が有って、それは高校、社会人になっても続いた。

私は、高校卒業後、レストラン業を主としている会社で働くため、都内の寮に入寮した。
しばらく右も左もわからない生活だったが、たまたま大学進学を理由に都内に出ていた友人のMさんが、食事に誘ってくれたり、二人で某夢の国に泊りがけで遊びに行ったこともあった。

そのMさん繋がりで顔を出していた劇団のスタッフに、なんとなくいつのまにか入団していた。
最初は小道具・美術程度の事をやるだけだったのだが、チケットのノルマも発生して来たころから、エキストラも兼ねることが有った。
所謂黒子みたいな名もなき役だったが、当時の自分はかなり嬉しかったと思う。

しかし、そのころの自分の本業はあくまでも昼間働いていた仕事の方で、お芝居は多々ある趣味の中の一つでしかなかった。
本気で作品を作り上げようとしていた、古くからのメンバーの結束は強く、また時折しか顔を出さない自分にはろくな役も付かず、そのうちこの劇団の作品を尊重しつつも、人間のもっとドロドロした話を演じたいー、やってみたいと願って、たまたまお声がけの有った劇団でも、結局何も形にせず止めてしまった。

その劇団が芝居を打ったのは主に、池袋・新宿で、練習もその界隈だった。
たまたま要町という駅名を目にしたからかもしれない。雑司ヶ谷やオリンピックセンター(もう名前は変わってるかもしれない)の練習場所が中々見つけられず迷った記憶も有る。
アングラという言葉を知ったのもこのころだった。

明け方に食べた吉野家の牛丼がめっちゃ美味しかったの今でも覚えてる。
新宿のツバキハウスにも連れて行ってもらった。
名前も知らない人たちとマイムマイム踊ったりして、彼らと居ると毎日が遠足みたいな日々だった。

下北沢の劇場に詳しくなったのもそのころだった。
座布団を重ねるように置いた客席に膝を抱えて座り、手を伸ばせば演者に届くような席にも座ったことが有った。
しかしそこには見えない壁が有って、演者はその話だけで成立している空気の中で生きていた。

上の劇団名も中々思い出せない位遠くなった日々。
しかしぐぐれば出てくる。wiki万歳。演出をしていたHさんを更に突き詰めていけば、いつも一緒に居た面子の名前も有って、みんな良いお父さん、お母さんになってるんだろうななんて思いながら名前を眺めた。
演劇 | Comments(0) | Trackbacks(-)

あれから

父が緊急入院してから二か月と12日。病気発見から約六か月。闘病の甲斐なく、5月の22日の未明、帰らぬ人になりました。
予想はしていたとはいえ、悪化は突然すぎて、個室に移って二日も経たず亡くなってしまいました。
父の容態を看つつ、片手でスマホに届いた見積もりを姉妹や、義弟に見せつつ、いざという時に困らぬように段取りをしていく。
母に続いてのやりとりだったが、もう12年も前の事なので、身内や、サポートデスクのスタッフ様に聞きつつの進行。
ホントに人が亡くなるってのは大変な事なのだと実感した。
元々居住状況が特殊だったし、親も個人で仕事をしていた期間が長かったので、葬儀も本葬のみの一日葬を選択。
揃えなくてはならない書類やら葬儀に関する手続きは諸々あったが、亡くなった当日と翌日はここ数か月で一番ゆっくり出来たんではないかと思える期間だった。

年ばかり重ねて、葬儀に参加したことも少ないし、色々な相場も知らず、その度に妹と喧嘩とまではいかないが、揉めたことも有った。
普段よっぽどの用事が無ければメールで済ませてしまう間柄なのに、5月だけで、半年分位の通話料を使ったんではないだろうか。
ま、それもすべて父の為、故人の弔いの為だと思ったら、途中から気にしてるのが馬鹿らしくなった。

そして今日、二か月強通ってた病院で、五月分の医療費を支払ってきた。
使いきれず残ったテレビカードも精算して来た。
そこまでしてなんとなく、終わったなー、終わったんだなーと感じた。

父が入院しなければ全く縁の無かった病院や街並み。仕事さえありつければこの辺に住むのも有りかもねーなんて思いながら運転してた日々が何か月も前の事のように感じる。

病院から出た時、出来るならここには二度と足を踏み込まないと良いなーと思いながら駐車場に出た。
日常のこと | Comments(0) | Trackbacks(-)

緊急入院より

今日で丸々一ヶ月が過ぎた。
肺炎おこしかけてた父も、誤嚥防止食取れるくらいに復活した。
詳細話すと長くなるので、これはまた後日に纏めるが、今日は介護認定の再認定の連絡を病院で取り付けている。

面倒で、一度認定受け損なってて、まさかこんな状況でやるとは思っておらず。
とりあえずは、病院というバックボーンを最大に利用させてもらいます。

売店で買ったカフェモカ飲み干したら、部屋に戻らないとな。
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入院手続き

昨年の年末に続き入院。
今度は精密検査。
日に1度しか出来ない検査らしく、3泊入院。
今回は支度関係まるっきりレンタル出来ないので、ティッシュや上履きやら身の回り関係新たに用意し直し。
医療費自体は免除延長になったので、それほどかからないと思うのだが、こういう細かいものにお金がかかる。
実際入院のたんびに、下着&衣類新調してるしなあ。

ただ、病院はいつも混んでるし、駐車場はいつも混みあってて、停めるところに悩むレベルだけど、看護師さんは以前のH病院よりは感じ良いな。
うちの父コミュ下手だからなあ。余り得意じゃない私にさえ酷評されるレベルだから。
へらへらすんのは得意だけれど、長文話す能力が全く小学生以下m(_ _)m

昔は稼いで子供作れば立派な旦那だったかもしれんが、家族とさえまともに会話できんレベルでは不味いよ。
だから、気の短い娘達に日常的に癇癪起こされてる。
妹たちも外見割とおっとり見えるタイプだから、その豹変ぶりにびっくりするかと。

ま、余談はこの辺にしといて。今日は何時に自宅に帰れるのやらε-(´∀`; )



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