小十郎坦ー郡山合戦陣地

そして、これは一回鹿嶋神社(福原館)を諦め、身近から攻めて行った遺構探しの時の画像。いやあ。まさかねえ、こんな近くに大好きな智将の陣地が有ったとは。ホント車で三分ですよ。ある程度携帯で当たりをつけてって、さあ、探索だーと国道を走り、目指すコンビニで車を停車させる。そして反対側の歩道に渡ると有りました!道標。
・・・これじゃ見つからんわなー・・・、いつから倒れてんだコレ。とうなだれつつ、陣地跡を目指す。セメント会社や、住居の脇を通りながらしばし歩くと、目標発見。あ!あれじゃね!と足が自然に小走りになる。小高い丘の近くに寄ると、同じ匂いのする方から通りすがりに挨拶される。その日はたまたま彼岸の中日だったから、お墓参りも兼ねてるかもしれない。そして、坦は最初平坦の坦かと思ったが、やはり壇が変化したものなのかもしれない。遺構は思ったよりきちんと整えられていた。おおよそ、二十畳強のところに樹木や石碑が立ち並ぶ。昭和31年に掘られた石碑の文字が、長年の風雨に晒されて、かなり下部の辺りが読みにくくなっているが、片倉の文字は確かに確認できる。


小十郎坦1小十郎坦2小十郎坦3小十郎坦4小十郎坦5小十郎坦6小十郎坦7

この界隈は工場や、住宅が点在している位の場所なので、この場所からでもかなり周囲が見渡せた。16世紀末はもっと建物が無かったろうだろうから、山王山(館)の様子も、下手したら高倉城の狼煙とかも見えちゃったりしたのだろうか。と、想いを馳せながら次の地点に移動開始―。






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