生きてます

無事なんとか2018年を迎えました。
いや、無事とくくって良いのか謎っちゃ謎なのだが。
父親が昨年の27日、食欲が落ち、息遣いが荒くなったので、以前住んでたクリニックに尻叩いて連れてったら、肺に影が有るとー。

ここじゃ精密検査出来ないので、H総合病院に案内状書いてあげるよーって言われたのが昼前、それから内診&CTで、肺に水が溜まってて、それで心臓の動きも鈍くなっている(送り出す弁も弱くなってたらしい)それと、腎臓も多少弱ってるので、入院しましょうって判断されたのが四時くらい。担当医が中々捕まらなくて、集中治療室で一時間過ごし、五時過ぎになんとかS先生と顔を合わせられる。

それから病室に行けたのが二時間後。
しかし今の入院事情、身一つあれば事足りちゃうんですね。パジャマや生活雑貨もレンタルできちゃう。ちょっとした小物入れまで付いてる。
流石に翌日下着や靴下、提出書類などは持参しましたが、ホントに用意するものが少なくて助かった。

入院当日も再検査の日も仕事だったので、シフト変更でちょっと難儀しましたがー。
点滴のおかげで二日後にはチューブも外れて、脈拍を測る機器だけ着けていた。

その間、チューブを自発的に外すとか、ベッドから落ちるという件はやらかしたけど、二週間の予定だった入院は12日でクリアできた。

12日間、家→病院→仕事というハードワークでしたが、

顰蹙覚悟で言いますが、精神的にとても楽でした。

朝は軽い物作りましたが、食事何にしようかとあれこれ考えなくてよく、自分の好きな物食べれたし、いつ食べても良かったし、お風呂はまっさらなお風呂に入れたし、80過ぎた、特に異性の親の体臭は、時折肉親でも我慢できない時が有る。
この際だ、布団周り、部屋周り掃除しようーって頑張って綺麗にしたのもつかの間、住人が帰ってくると、それは即散らかされ、私は何かとうちで溜息ばかり着くようになってしまった。

だから仕事行くとほっとした。
目の前だけの事に集中すれば良い。
この労力は、自分が自分で居られるための資金だ。だから残業も快くした。

とりあえず人間らしい生活は送れるようにはしてあげる。
けれど、多分もう愛情はない。
これは、先に行った母への恩返しだ。
だけど、時折なんてものを残してくれたんだって彼女に恨みを吐きたくなる時がある。

父と結婚しなければ自分も生まれなかったわけだが、なんで寄りにもよって、あんな優秀な父親を持った母が、まったく真逆な父みたいな伴侶を持ったのか?上を見ればキリがないとよく生前言っていたが、下を見てもキリがないよと私はずっと言い返していた。

自分の世話でさえ面倒な自分が、壊れず生きていくために、一体あと何を犠牲にすれば良いのだろうか。
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